隈研吾が考える、建築家とは。

隈研吾氏のことは建築に詳しくない人でもご存知だと思います。直近で話題になった建物はやはり「新国立競技場」でしょう。その他、美術館や商業施設、庁舎や大学、別荘まで幅広い建築物を手がけています。京都でいえば、京都造形芸術大学の至誠館や京都国際ホテルの客室リニューアルを手がけました。こんな超有名な建築家が著した一冊が『建築家、走る』です。このタイトルを見て、村上春樹氏のようにマラソンでもしているのだろうか、と思ったマラソン好きの僕はつい購入してしまったのですが、数ページ読んで「あぁ、この人はマラソンしていない」と分かったのでした。ただ、マラソンはしていなくても、世界中を「走っている」様子が伺えました。今回はこの本の中から、気になった言葉を選んでご紹介しようと思います。興味を持ったらぜひ購入して読んでみてください。

『建築家、走る』(著・隈研吾)

建築家は毎週レースに出なれければいけない競走馬みたいなものです。だから今、建築家はそんな状況に耐えられる精神力、体力がないとやっていけない職業になっています。

建築というものは、暴力的であり、かつ効率的なメディアなのです。ですから建築家とは、競走馬であると同時に、その暴力性を以て、世界の奥地に踏み入ることをものともしない、タフで好戦的な格闘家になり得ます。

本当に面白い建築、歴史に残る建築は、サラリーマンシステムからは生まれない。

昔の建築に馴染んだ人は新しい建築を絶対に褒めない。

安藤(忠雄)さんのように、あらゆる角度から社会との総力戦を戦い抜ける人間だけが建築家になれるんだ、と、そのときの大阪行きで、僕は教えてもらったのです。それが本当の意味での「現代のゲリラ」なのかもしれません。

勝者になるには、権威ある場所でカッコいい理屈だけいっていてはダメで、現実の中で自分の考えを実現させていく腕力が必要になる。

北京や香港、シンガポールなど、躍進するアジアの諸都市に比べて、日本の都市に魅力がないのは、サラリーマン的メンタリティによるリスク回避のせいだ

建築の価値とは、そのリスクをわかった上でやるかどうか。そこにしかない。施主と建築家がともだおれを覚悟した先に、時間軸に耐えうる建物はできるし、それが歴史となって、その場所の価値を作っていくもの

現場とは、環境(地形)、素材(物質)、予算(経済)の三つでできている。そして、人間という生物は、建築家に限らず、誰でもこの三つと闘いながら、現場の中を生きている

人のせいにするのが上手な人は、そもそも建築という仕事には向いていない。「人のせい」がすべて、ほかにないユニークな建築作品を作るためのきっかけになる、ということが身に沁みてわかれば、状況は俄然変わってくる

現在、建築家に求められているのは、建物のカタチを作ることではない。(中略)この困難な時代に対するソリューション(解決策)そのものです。

(人材採用において)どういうプレゼンテーションがぼくの心を動かすのかというと、課題として提示した「場所」と正面から向き合い、「場所」から問題を抽出して、答えを導こうとする人。それぞれの「場所」を出発点にできる人は、文字通り地に足がついている。

建築家にとって、傷つくこと、傷つけられることが、どんなに重要かを伝えたい

関連記事

  1. Evernoteベーシックの利用端末制限

  2. 2017年冬のボーナスが多かった会社のウェブサイト

  3. 弁護士は増えているのに弁護士が足りない状況って?

  4. トランプ米国大統領夫妻が訪れた店はココ!

  5. 【Amazon Alexa】スキル一覧(ショッピング編)

  6. 【2018卒向け】就職サイトの都道府県別掲載社数を比較してみた(リクナ…